バシー海峡横断 その5 スコール
夜間航行に突入。
20時には、手元のコンパスが見えなくなっていた。
月がない、星がない。
雲が大きく空に広がっているのだ。
今までの遠征で、避けてきたコンディション。
目の前には、黒い壁が生き物のように立ちふさがっては消えていった。
崩れた白波だけが、ぼんやり見える。
他に見えるものはないのか。
何か視覚がとらえるものが欲しい。
広がっている雲が、積乱雲ということもあり、微妙な濃淡がみてとれる。
暗闇でも手がかりは残っていた。
運が良い。
雲の移動する速度をイメージし、方向を修正しながら漕いだ。
黒い波を見てはいけないのは、過去の経験でわかっている。
パドルを空振りしないように、確実なパドリングを続けた。
突然、波が崩れても、体は対応できるようになっている。
島は見えないが、漁船の光が数隻見えてきた。
何をとっているだろうか。
近寄って、話を聞いてみたいが、驚かせてしまうだろう。
残念だが、やり過ごす。
水平線に光る停船している漁船を星に見立てる。
遠くに動く漁船は人工衛星。
まだ島の光は見えてこないが、もうそれ程遠くない筈だ。
漁船は、タンカーと違う。
一直線に進んでいるわけでなく、細かく方向を変える。
より注意が必要だ。
台湾の南東に浮かぶ島の光が見え始める。
見える光が、等間隔で見え隠れしていた。
灯台である。
ここで気持ちを緩めるわけにはいかないが、楽になった。
昨年のような、状況でないことも嬉しい。(台湾遠征参照)
後方から、黒い雲が覆い始める。
背後にあるはずの漁船の光が一切なくなっていた。
ぽつぽつと雨が帽子に当たっているかと思っていたら、みるみるうち嵐のようになる。
スコールだ。
夜、猛烈な雨にあたったのはじめてのこと。
うねりと風でだいたいの方向はわかるが、確認が必要だ。
視界がなく、暗闇。
集中力が切れれば、見当違いの方向に進んでいることに気付かないこともある。
風、大雨の中、ライトをつけてコンパスに光をあてる。
あたりは土砂降り。
ライトの光が雨を貫いている。
とても綺麗だ。
方向を一度確認し、改めてうねりと風で方向をとらえる。
間違いない。
2時間も降り続き、雨があがる。
すでに出発して20時間が過ぎていた。


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